新制度のスタート時点から問題点が指摘されていましたが、国土交通省が進めようとしていた考え方と、現実の中古住宅取引市場におけるインスペクションに対する意識との乖離が現実のものになっています。
ここではホームインスペクションの説明義務化と今後の課題について考察してみます。
宅建業法が改正され宅地建物取引業者に義務づけしたのは、媒介契約書・重要事項説明書・37条書面(契約書)にインスペクションに関することを記載し説明することですが、買主がインスペクションを依頼する動機づけとなるのは「媒介契約」の時に受ける説明です。
しかし、実際には売主との媒介契約は物件の販売を開始する前に締結するのに対し、買主との媒介契約は書面により行われることはほとんどなく、媒介契約そのものが成立していたかどうかも不明なケースがたくさんあり、買主が媒介契約時にインスペクションに関する説明を受けることは、ほとんど無いことが大きな問題となります。
宅建業法で義務づけされた3つの項目
- 媒介契約書に、インスペクションを行う専門家のあっせんに関する事を記載する
- 重要事項説明書に、インスペクションの結果の概要と、建物の建築・維持保全の状況に関する書類の保存状況を記載し説明する
- 37条書面(売買契約書)に、建物の構造耐力上主要な部分等の状況について、売主・買主双方が確認した事を記載する
以上が平成30年4月1日から施行された宅建業法の改正内容です。
実際の契約書のフォーマットに記載されている内容を見ていきます。
- 媒介契約書に記載する内容
- 媒介契約書の契約条項に「建物状況調査を実施する者のあっせんの有無」という項目を設けて「有・無」を選択するようにします。さらに契約約款に「媒介業者はこの媒介契約において建物状況調査を実施する者のあっせんを行うこととした場合にあっては、依頼者に対して、建物状況調査を実施する者をあっせんしなければなりません。」などの文言を記載します。
- 重要事項説明書に記載する内容
- 重要事項説明書に「建物状況調査の結果の概要」という項目と「建物の建築・維持保全の状況に関する書類の保存状況」という項目を設けて説明します。
- 1年以内に行った建物状況調査の実施の有無
- 実施済の場合は「調査報告書」を添付し宅建取引士が概要を説明
- 建築時の確認申請書・添付図書・確認済証の保存状況
- 建築時の検査済証の保存状況
- 増改築の確認申請書・添付図書・確認済証の保存状況
- 増改築の検査済証の保存状況
- 1年以内に行ったものに限らない建物状況調査報告書
- 既存住宅性能評価書
- 昭和56年5月31日以前の建物の場合
- 耐震診断結果報告書
- 既存住宅性能評価書
- 既存住宅売買瑕疵保険の付保証明書
- 耐震基準適合証明書
- 37条書面(売買契約書)に記載する内容
- 37条書面に「建物の構造耐力上主要な部分等の状況について確認した事項」という項目を設けて「建物状況調査の結果の概要」の有無と、資料作成者名・作成日を記載します。
インスペクションの実施率が高まらない原因
インスペクションの必要性を感じた依頼者がどのような流れで、専門家に依頼してインスペクションが実施されるかを、宅建業法が描いているフローがあります。
宅建業者が売主に対してインスペクション制度についての紹介がスタートになっています。
時期は媒介契約の前に行うことが想定されています。
媒介契約時に売主からインスペクションのあっせん希望があった場合、媒介業者はあっせんをするかしないかを決め、その有無を記載します。
インスペクションを希望しない場合またはあっせんをしない場合は、インスペクションのあっせんに関わることはここで終了しますが、あっせんをする場合は、売主に対してあっせん可能なインスペクション事業者の情報を説明し、事業者にもインスペクション希望の情報を伝えます。
その後、売主と事業者がインスペクションに向けての打合せが出来るよう手配し、売主は最終的にインスペクションを依頼するかしないかを判断します。
これは売主の場合ですが、買主の場合はこのような流れにはなかなかなりません。
買主が仲介会社に物件探しを依頼する場合、ほとんどの場合は媒介契約の締結はしていません。
この理由は簡単で、多くの購入希望者は多数の仲介会社に物件の紹介を依頼し、自らウェブサイトや情報誌などでの物件情報を収集しています。
いちいち物件紹介を依頼するたびに媒介契約を締結するような面倒なことはしません。
又、媒介契約を締結したからといって、その会社が必ず物件を媒介することにもなりません。
その為、買主がインスペクションの説明を受ける機会は無いのが実態です。
買主が購入物件が決定した場合は、インスペクションの説明を受けることも無いので、建物状況調査の制度そのものを知ることも無く、売買契約の当日を迎えます。
一般的には、契約締結前に行う“重要事項説明”は契約と同日に行い、説明が終わると契約書に記名押印という流れになっています。
その時、初めて重要事項のひとつとして“建物状況調査”に関する簡単な説明を受けることになります。
このような流れですので、買主がインスペクションを依頼する機会も無く、契約が締結されてしまいます。
買主が事前にインスペクションを知ることのできる仕組みづくりが必要だと思います。
売主がインスペクションを敬遠する理由
インスペクションの実施率が高まらないもう一つの原因は、売主がインスペクションを嫌う傾向があるということです。
既存住宅の調査は“あら探し”という一面があります。
調査する専門家は、第三者としての立場で客観的に物件を調査するのですが、少しでも高く売りたい・早く売りたいと考える売主にとっては、欠点を見つけられて、購入希望者にいちいち報告されるのはたまったものではありません。
出来れば「見て見ぬふりをしてほしい」部分があったりします。
特に居住中の物件の場合は、見られたくないところも見られてしまうという、心理的な嫌悪感さえあることがあります。
買主がインスペクションを希望する場合、売主の承諾が必要となっており、希望しても100%実施されることは無いのも実態のようです。
インスペクションが定着する為の今後の課題
既存住宅(中古住宅)を購入する際には、必ずインスペクションが必要です。
特に構造上主要な部分と雨漏れに関する部位の状況については、正確な情報を知って購入する必要があります。
原状の仲介市場では、建築の専門知識の無い宅建業者のスタッフが、堂々と説明を行っています。
契約時には宅建取引士が説明するとは言え、取引士は建築の専門家ではありません。
契約時に必要な法的要件をクリアしているとは言え、決して買主の利益を担保する体制にはなっていません。
せっかくスタートしたインスペクション制度です。
行政が形式を保とうとすると結果的に形骸化してしまうという恐れもあります。
法的なしくみづくりよりも、消費者への啓もう活動に力を入れて、ホームインスペクションの重要性と必要性を認知させるような努力が必要ではないかと思います。
参考記事「住宅診断(ホームインスペクション)を依頼する方法と注意したい問題点」
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